仕事を受け、一番初めに片付けたのはその中でもリーダー格の男だった。
上を失えば統制力を欠くのは至極当然の事だ。

パイソンを向けるとマウザーの口が予想以上の反応速度でこちらを向く。
が、その銃口は一瞬でブレた。

褐色の肌をしたその男は顔を歪め何かを小さく呻くとそのまま銃弾を胸に受け、大人しく倒れた。







「――――何故撃たなかった」

男の母国語を使うと一瞬男は驚いたようだった。
髭に覆われた唇が半開きになり、
「神には背けない」
そう答えると祈る様を見せながら絶命した。
部屋に入ってきたもう一人の男も全く同じ反応、同じ殺され方をしてくれた。


血が流れ、煤けた絨毯を濡らしていく。
一面が葡萄茶色になっていく様をじっと見つめながら僚は呟いた。



「神なんているかよ」















何度かけても繋がらない。ただの通話中ならいいがと僚は苛立ちながら再度携帯電話のボタンを押す。
やっと繋がったかと思えば
「はァい」
と、まるで緊張感の無い声。



「冴子、今何処からだ」
「どこって…運転中だったのよ。一応刑事ですから、交通違反するわけにはいかないでしょ――――」
「いいか、質問は無しだ。そのまま海坊主の店か教授の元へ行け。ホームグラウンドには戻るな」
「僚、どういう事…」
「無事ならいい」

説明しなさい、と冴子が未だ叫ぶのをそのままに、携帯電話を畳んで助手席に投げた。



「香…!」



誤算だ。
万が一とは思っていたが、まさか初めからそちらが狙いだったとは。

テロリスト達は独自の宗教に属している。現存のものから派生しているが、身勝手な捉え方ばかりの劣悪な新興宗教だ。
丁度今時期は祭りの時期で、殺生は固く禁じられている。
この時期は虫一匹どころか草の根一本さえも重んじなければならない。
テロリストにそんな宗教上の常識が通用するかと思いきやそれが当たり前の様に守られているというのだから不思議だ。

初めに片付けた二人のは正に見本のような男達だった。
ミックもその辺は調査済みであり、先日受け取った資料には今までの事件の時期や統計が細かく取られていた。
それを踏まえた上で『事を起こすまでにあと数日ある』そう香に告げたばかりだったが、この動きからいけばそれも浅はかな考えだったようだ。
上を欠いて統率力を失った集団は信仰心さえ捨てたらしい。

アパートを出て十数分程度。
僚は間に合ってくれと祈りながら、アクセルを踏み込んだ。





















−*−*−














「……ッぷ!」

無理矢理意識を引き戻され、香は大きく目を見開き、全力で酸素を探した。
バケツいっぱいの冷水を頭から被せられ、思うように息ができない。
手で拭う事をしようとして初めて自分が椅子に縛りつけられている事に気付いた。
身動きが取れない。


「……ッ」


香は項垂れてコンクリートの床が濡れていく様をぐっと睨む。
それから顔を上げようとして再び冷水を浴びせられた。

「……!」

怒鳴ってやりたい衝動に駆られるが、自分の置かれた立場を考えるとそうもいかない。

香は濡れた顔をゆっくりと上げる。
目の前には男が二人立っていた。
髭を蓄え見分けがつかない程に二人よく似た風貌だ。一人は銃を構え、香に照準を合わせている。
空のバケツを放り投げた男は目を血走らせると大声で怒鳴り始めた。
自分とは違う肌の色を持ち、自分の知らない言語を使う。

「−−−−−−!」

通じていない事を解った上でだろうか、男は戸惑う香を前に尚もまくし立てる。

「−−−−、リョサエーイバ!」

辛うじて聴き取れたパートナーの名前と男の目の色から、相手が間違いなくテロリストだという事が解るだけだ。
銃を構えた男は時々、まくし立てる男を宥めるが男は落ち着く事を知らない。

「−−−−!」

徐々ににじり寄ってきた男は、最後に何かを叫ぶと手を振り下ろした。




バン!




右頬に痛みが走り、同時に耳鳴りが香を襲う。
「っ……!」

香は怯まなかった。
それどころか

「アタシはあんた達の言っている事なんか解らない!何がしたいのかだって全然解りゃしない!でも、」

日本語が伝わるとは到底思ってもいない。
だが自然に言葉が流れ出る。


「テロなんておかしい!無関係な人が死ぬだけよ!あんた達のやってる事は間違ってるわ!」
「−−−!」


『テロ』
何処かで聞きかじったらしい。その一言を聞き捉えた男は反応し、狂ったような叫び声を上げた。
右頬をもう一度殴られる。

「ッ…!」

口の中に血が溜まり、香はそれを吐き出した。
眼光に翳りの見えない香に男はついに銃を抜いた。
隣の男は止めるが間に合わない。



「−−−−!」






(……僚!)




















銃声が4発響いた。
1発は椅子の何処かに当たったらしい。バランスを失った椅子は拘束されていた香ごと真後ろに倒れた。
頭を庇ったつもりだったがやはり後頭部を強打してしまい、香は小さく呻き声を上げた。
痺れる頭を気にしながらも閉じた眼を開く。

「………」

天井が目に入った瞬間、この角度は計算されたものである事に気付く。




「……僚」



古びた空調。
それ以外目には何も映らない。
身動き一つとれず、香はただひたすら真上を見続けた。

呻く男の声と、良く知った声が聞こえてくる。
それでも香は声を聴く事しかできなかった。

何も見せては貰えない。

唯一頼りなその声は自分の知らない言語だ。
やがてそれさえも途絶えると、靴音が自分へと向かってくる。




「僚」

男の名を呼ぶと足音は止まった。




「…ごめん」
「俺の台詞だ」
「ううん、ごめん」

「動くなよ」



頭からすっぽりとジャケットを被せ、香の視界を遮ると僚は拘束を解いた。
香が自由になった手でジャケットを退けようとすると僚はそれをしっかりと抑えた。


「…見るな」
「見せて」




どんな惨状なのかは香にも予想がついた。
ジャケット越しにも関わらず、嫌という程血の匂いがするのだ。
湿度の高い部屋は生温い血の匂いを更に濃くしていく。


「見せて」
「香」
「もう言わないから」

香の視界を塞いだ物が、一瞬震えた様な気がした。


「お願い。」
「………」

僅かな沈黙の後、香の目の前に視界が開ける。
込み上げる嘔吐感を必死で堪えながら、香は目に見える全てを焼き付けた。

男の体に空いた穴も、
其処から流れ出す赤黒い血も、

そして言い様のない表情で自分を見ているパートナーも。



「ありがとう」

香はそれだけ言うと意識を失った。


























−*−*−*−



翌週、秘密裏に会談は行われた。
最大限の援助を約束して会談は終わり、数日後には公に援助・派遣内容が報道された。

同時に野上冴子に階級特進の話が浮かんだがそれもすぐに立ち消えた。
シティーハンターとの繋がりを把握していた上層部の大半が失脚したからだ。

潮時だと引退する者がいたり、大規模な癒着を公表される者がいたりと理由は極自然に見えた。
しかしそれらが偶然ではない事を冴子は知っていた。




「また大きな借りが出来ちゃったわね」

実際躰で償えるのならどんなに楽か。
冴子はぼんやりとそんな事を思いながら使わないままの受話器を置いた。





あれから一週間。
冴子は未だ、アパートに電話を掛ける事ができずにいる。



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