ライフルを担いで帰って来たのだ、何も無かった筈がない。

それでも香は「お帰り」だけを言った。








「ただいま〜。コーヒーな。」

それに応えるかのように、僚の返事も素っ気ないものだった。
いつもと変わりのない表情で、いつもと変わりのない言葉で香の脇をすり抜けた僚だったが、明らかにいつもと違う事は明白で


「…隠したって、背中が泣いてるのよ。」

香は苦笑した。

















ガンロッカーにライフルを置き、鍵を掛ける。
そうしてから懐のトカレフを置き忘れた事に気付いた。




「………。」




温い銀色を手の中で遊ばせて、それから知らずと溜め息が漏れた。











『ちょっと頼まれてくれるか。』

「お前が、か…?」


人に借りを作る事が一番嫌いだったお前が?

笑いを堪えるような、泣くのを堪えるような。
そんな表情で僚は呟く。














「――僚。」

同時だった。
香が僚を呼んだのは。


「何か用か?」
「…コーヒー、冷めちゃうんだけど。」
「…悪い。」



いつの間にか、大分時が経っていたらしい。
珍しく素直に謝ると、僚は手の中で遊ばせていたそれのグリップを握った。

すっくと立ち上がり、的の中心に照準を合わせる。




パイソンとは全く別物の音が8度、響いたのを香は聞いた。





「―――これの何処が空砲だって…」





スコープ越しに見えたあの貌が未だ頭から離れない。
プロとしての面影もない、それは正に 醜態。




『どういう事だ…!』

「こっちの台詞だよ…ミック…」




彼の腕はもう、何が重いのか、軽いのかさえも解らない。
喉が勝手に低く笑った。




――『クールでドライ。』

 「誰が。」



「僚……」
心配そうに自分を見るパートナーと視線が絡む。
銃を握った手を、香の両手が包み込んだ。

気付いているのだと、確信した。




「さて、飲むかな…不味いコーヒー。」

精一杯戯けると
「不味いは余計よ。」
両手で頬をぱちん、と挟まれた。














−*−*−*−









居間で口にしたコーヒーは、何故かいつもより苦かった。
一口含んだが思わず眉を顰め香をちらりと盗み見る。
普段と何ら変わりなく同じ飲み物を口にする香を見て僚は呟いた。

「……俺だけか。」
「え?何か言った?」
「いんや、何にも。」

それでも二口目が更に苦く、僚はカップをテーブルに置いた。


「香ィ、砂糖とミルクくれよ。」
「え?」

不思議そうに、それでも香はトレイに余分に置いていたコーヒーミルクとスティックシュガー、それからスプーンを手渡した。

「サンキュ。」
「珍しいわね?」
「たまには香ちゃんみたいに糖分摂らないと太れないもーん♪」
「何ですって!?」

ははっ、と笑い流すと僚はスティックの封を切った。




さらさらと、砂の様に流し入れると今度はクリームをゆっくり、ゆっくり滴らせた。


じっとそれを見ていた香が言った。

「泣いてもいいのよ。」
「…何でだよ。」
「だって、泣きたいんじゃないの?」
「俺ぁガキか。」


無表情で返事をした僚だったが、見透かされている事には気付いていた。
これ以上気取られない様に、とコーヒーの黒の中に滴った白を些か乱暴にかき混ぜた。

混ざり合ってそれが柔らかな茶色になると、僚は舌打ちを一つ。





黒か 白か。 




自分がかき混ぜた、どちらでもないその色に苛立ちを覚える。

自分と同じ色が、白になろうと必死でもがいた様に とてもそれが似ていたから。





「香……」

ついに諦めてスプーンを置いた。


「何?」
「……もっこり。」


胸の間に顔を埋めると、心音が心地よく響く。
香は微笑むと自分の腕で頭を、更に自分へ押しつけた。








コーヒーは更に、温さを増していく。







fin

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