「香さんは何人欲しいの?」
唐突に訊かれ、香は一瞬言葉を失った。
なじみの喫茶店での出来事だ。
「なんにん…って?」
「やあね、わかるでしょ?子供よこ・ど・も」
美樹はそれこそ子供の様に無邪気な笑顔を浮かべた。
「私たちもいつかはこの世界を引退するでしょう?そうしたらどんな家族を作ろうかなあ…って。」
ね?ファルコン。
美樹が隣で皿洗いをしていた海坊主に向かってウィンクをした。瞬時に海坊主の顔が赤く茹だっていく。
「ファルコンは三人欲しいんですって!私はもっと多くてもいい位よ」
「み、美樹っ!」
「それで?香さんは?」
「あたし…あたしは……」
「うん?」
「考えた事もなかったな…」
期待していた美樹が、がくりと右肩を下げた。
「もう、夢は大きく持たくちゃダメよ香さん」
「……ん」
小首を傾げる香の仕草を見ていると、本当に考えた事が無かったのだと美樹にはすぐ分かった。
「こんな仕事していたって私達も人間だもの。こういう幸せを得る権利はあると思うわよ?」
「……ええ」
「あら、丁度いいところに冴羽さん」
「え?」
後ろを振り返る。
ドアを開ける直前の僚と目が合い、香は慌てて振り返ると美樹へ手を伸ばした。
「待って美樹さん、僚には聞か―――――」
「ども〜、僚ちゃん来ましたよ…」
「冴羽さんは何人欲しいの?」
「へ?」
美樹が単刀直入な質問で僚を迎える。案の定、僚が素っ頓狂な声を上げた。
香は俯いてスプーンを掴むと、コーヒーをかき混ぜる。
「美樹ちゃん…何の話だい?」
「うふふ…将来のハ・ナ・シ♪」
美樹はこの手の話になると滅法熱が入るらしい。香の様子を気にする事もなく僚へと突っ込んだ質問を始めた。
「冴羽さんは何人欲しいの?子供」
「あん?子供ぉ?」
「そう」
「子供ならホレ、ここに」
「誰が子供だ、誰が!」
頬に指さされ、香が思わず突っ込みを入れた。
「もう、冴羽さんったら茶化さないで!」
「大体考えた事もないねそんな事」
「……」
「あら、香さんと一緒。さすがパートナーね」
思わず僚と香は顔を見合わせる。が、それはほんの一瞬の事で、お互い咄嗟に視線を泳がせた。
「なあに?二人とも照れちゃって。まさかあなた達……セックスレス?」
ガゴン!
僚と香が同時にカウンターへ嫌というほど頭を打ち付けた。
「だめよちゃんとしなくっちゃ」
「み、美樹さんっ!」
「あら違うの?」
「あああ、あたし達は普通に生活していますからご心配なく!」
「普通?へぇ〜」
「り、僚ちゃん帰ろっかな…」
「あら、来たばっかりなのに」
もうそのくらいにしておけと海坊主が美樹を止め、その隙に二人は喫茶店から抜け出す事に成功した。
店を出て直ぐに顔を見合わせる。
「…どったの今日の美樹ちゃん」
「…さあ?」
−*−*−*−*−
―――――そういえば考えた事はあった。
日も暮れた頃、よりにもよってベッドの中でそれを思い出した香は顔を上げる。
「ん?」
思わぬところで視線が絡み、僚は目を細め不思議そうに手を止めた。
「どうした」
「う…ううん」
(まさかこんな時に思い出すなんて)
『私たちもいつかはこの世界を引退するでしょう?そうしたらどんな家族を作ろうかなあ…って。』
「考え事たぁ余裕だな」
「ごめ……あ、」
香に弁解の余地は無く、脱がされかけていたバスローブは剥ぐように奪われる。
「……」
暫く何かを考えるように裸身を見つめていた僚は、おもむろに香の体を持ち上げた。
「よっ、と」
「僚…?」
されるがままに、香がくるりと回る。
そうしていとも簡単に腹の上に乗せられた。
「……!」
自分の下になった僚が、物を言わずに顎と目線でその先を促す。
それだけで香の体液は僚の腹をひたりと濡らしていく。
「でも…」
「……」
「だって…」
「やめるか?」
「……」
香はふるふると首を左右に振るが、観念したように一度腰をゆっくり浮かせると、それを自身の中へと浅く埋めた。
「………ッん…!」
繋がった箇所が熱い。
香は快楽を堪えながら何度か吐息を漏らした。
耐えようとするだけで一行に動こうとしない香に僚が焦れる。
ゆっくりと腰を持ち上げ挿入を深くしてやると、香は叫びに近い声を上げた。
「考え事なら続けていいぞ」
囁きながら突き上げを強める。
香が首を横に何度も振るが、僚はそれに気づかないふりをした。
香はやはり何も考える事ができず、涙声で僚の名を呼び続けた。
−*−*−*−*−
二人にとっては、何もかもがありふれた日常だ。
こうして体を重ねる事も、
僚の飲み歩きも、
香の掃除洗濯も、
依頼が一件も無い日が続く事も、
予期せぬ銃撃戦も、
攫われた香を僚が奪い返す事も……すべて。
「香、おい香ッ」
「……う…ん」
ペチペチと弾力ある音に目を覚ますと、それは自分の頬が叩かれているそれだった事に気づく。
香は苦笑しながら
「……ごめん」
と謝り片手を上げた。
香が目を覚ますと同時に僚が盛大に眉を顰める。
「ったく、お前ミニスカート履いておきながら大股開きで寝てやんのな」
「寝……薬で眠らされてたの!不可抗力だバカ!」
「わーったわーった。…立てるか?」
「勿論よ!」
香は自分を抱きかかえてくれていた僚の手から離れ、勢いよく立ち上がる。
一瞬だけクロロホルムの残り香らしきものに立ちくらみを覚えたがそれはほんの束の間で、
「ほら大丈夫」
と言うと二、三度大きくジャンプをして見せた。
「怪我は」
怪我どころか、ボタン一つの乱れも無い。
「無いわよ」
「ならいい」
それまで不機嫌そうにしていた僚の表情がふと和らぐ。
心配してくれていたのだと厭でも伝わってくる。
香は心配をかけた事への申し訳なさと嬉しさがどうしても同じ比率で混ざり合ってしまい、それが苦笑へと表れる。
その表情のまま香は訊いた。
「連中は?」
「さあな」
背後にあった筈のビルが崩れ落ちている。
これ以上訊いても無意味だと香は思った。
「帰ろっか、僚」
「そうね、おまえの水色パンティちゃんも疲れてるみたいだし」
「み…見たのねスケベ!」
「不可抗力」
「僚ぉ!」
それは二人の日常だった。