ヤツが右へ走れば右が爆発する。
左へと回避すれば左が崩れ落ちる。


「くそおおおおお!ふざけるなこの素人兄妹が!」


勿体ぶった口調だった銀狐はいつの間にやら身なりも口調も乱れた様子を見せてきた。大分焦っているようだ。

勝算が見えた。
これなら勝てるだろう。

その時俺は、そう思っていた。















「こんな児戯にこの…この私があぁぁぁ!?」

こんぺいとうを頬に受けながら銀狐が叫ぶ。

「……何というか…間抜けだな」

服装が僚の着ているそれと一緒の所為か、何となく既視感を覚え力が抜けそうだ。
…いや、手は抜けない。
吹き飛び、それから着地しようとしている銀狐に照準を合わせ、トリガーを引く。
「!」
しかしそう簡単にはいかない。ヤツは瞬時に反応を見せ、一回転しながら銃弾を避ける。

「貴様――――…」







「!?」









着弾地点を目で追った銀狐が視線を一瞬、止め、それから笑った。






――――まずい。





視線の先には、確実にブルドーザーがあった。


「……フフ」
「……クソ」
「フフフフ………ハハハハハハ!もらったぞ槇村秀幸!」

まずい。
今此処で仕留めてしまわなければ、ヤツは絶対に香を狙う。
案の定、銀狐は早速ブルドーザーへ向かって走り出す。
しかしヤツの足下の粗大ゴミが崩れ落ち、冷蔵庫に足を挟まれた。

「させるか!」

俺は、使わないだろうと思っていたマシンガンを手に取り迷うことなく銀狐に向かって撃った。

「そっ、そんな物まで持ってきたのか――」

それから手榴弾を二個ほど投げつけ、間髪置かずに爆風の中にまたマシンガンを連射させる。

「き…貴様…ッ」

勢いに押され、銀狐がたじろぐ。
丁度良く発動されたトラップはその場に大きな穴を開けた。
ズン、と大きな地響きと共に銀狐が沈んでいく。
声を上げる間さえも与えられず、静かに。











「………終わった…のか?」

いや、早すぎる。

爆風が治まるのを待つと慎重に近づき、銃を構えたまま穴をのぞき込む。

ボロボロになったジャケット、
破れたシャツの切れ端、
片方だけの靴。
そして黒く焦げた、人間らしき形をしたそれがあった。

「………」




勝った。
素人の付け焼き刃が、プロに通用した。


「はあ……」


終わった。
とりあえずは。







「アニキ!」

数分後、周りの動きが無い事を確認してからブルドーザーのドアを開ける。





――――バァン!






勝利を知った香が乱暴にドアを開けるなり胸へ飛び込んできた。


「おい…」
「やったねアニキ!」
「お前もよく頑張ったな、香」
「へへ…アニキこそ」
「さあ、行くぞ」
「どこに?」
「決まっているだろう?あまり家を空けておくとアイツにアパート中散らかされるぞ」

「………うん!」











−*−*−*−*−












「…というわけでアタシ達が銀狐を倒したの。あんたの力を借りずにね!」

ところ変わって此処はアパート。
ソファーにはふんぞり返るような格好の香。

「はあ」
返す言葉もなく突っ立っている僚。

「どこが足手まといですって?」
「………」

僚は香を見て、話が通じそうにもない事が分かると今度は俺の方を向き直った。

「あのな槇村、俺は―――」

しかし香が僚の首根っこを掴み、ぶん!と風を切る音立てながら自分の方へと向け直した。



「それからね、あたし達兄妹はあんたの死に様を見たくなったの。どんな死に様さらすか見届けるまではパートナー解消なんてしませんからね!」

「……………」

首根を掴まれたまま、僚は顔だけをゆっくりとこちらへ向ける。
俺は苦笑しながら答えてやった。

「妹と同感だ。」
「…さいでっか」

全く、これが一流のスイーパーのザマか?
情けないにも程がある。

香の嬉しそうな笑顔が俺と僚へ向けられる。
僚は諦めたような苦笑を浮かべると「まぁ…いっか」小さく呟いた。
香には聞こえたのだろうか。

「さ、もう朝だし…モーニングコーヒーでもいれますか!」

おそらく聞こえていなかったんだろうな。香がくるりと背を向け、キッチンへ向かう。



「あぁ……っ、いい天気!」

途中背伸びをし、気持ちよさそうに声を上げる。
僚は微動だにせず、その背中を見守っている。

「………」
「なあ、僚」
「……」
「僚、聞いてくれ、俺は―――…」

僚の正面に回り込み、声をかけ直すとそこには………


「………香、残念な知らせだ」
「何?アニキ」
キッチンから香の返事。
「この冴羽僚はどうやらニセモノらしい」
「んま、槇ちゃんっ!」
「まさか銀狐!?生きていたのかこのヤロー!」
「こここ、これは朝もっこ!朝もっこりと背伸びで見えたもっこりヒップラインにもっこり背伸びボイスの相乗効果が―――あら?なはは…」
「やっぱり銀狐だな。香、バズーカを」
「了解!」
「むぁきむら〜っっっ!」











−*−*−*−*−











「僚」

屋上で一人、煙草を燻らせる僚に声をかけると、不機嫌そうな声が返ってきた。

「言っとくが俺ぁ本物だぜ」
「ああ、違いない」
隣に腰を下ろすと俺は言った。

「こんな素人兄妹をパートナーに選んでくれる男は、この世のどこを探してもお前ぐらいなもんだ」

「……迷惑だと言った筈だ」
「こっちこそ、勝手にパートナー解消されては迷惑だ」
「……」
「助かったよ、あの時は」
「何のことだか」
「とぼけるな。助けて貰った事ぐらい気づいているさ」
「……」
「あの時、何かにぶつかった粗大ゴミが冷蔵庫を落としていなかったら…ヤツは確実に香を仕留めていた」
「とんだ幸運があったもんだな」
「まだとぼけるのか?ついでに言えば香がブルドーザーのドアを開けた時、重なるように銃声が聞こえた。ダミーに騙された俺の尻ぬぐいをしてくれていたんだろう?」
「…お前、パートナー諦めて推理作家になればぁ?」
「諦めきれるか、最高のポジションだ」
「地獄への近道が欲しいってんならそら最高の場所だわな」
「僚」
「……あん?」

「俺はもう迷わない。荷物だ何だと言われようが、俺は俺のやり方でお前をサポートしてみせる。だからお前も腹を括って俺達と共に生きてくれ」
「槇村…」
「お前が言ってくれたんだろう?『共に生きる覚悟があるのなら、今持っている技術を最大限に活かすべきだ』と。なのに俺達兄妹に何かがあると、決まってお前の心が揺らぐのが手に取るように解るんだ。俺はそれを見るのが辛い」
「だったら尚更、」
「だが俺達がお前の目の前から消えたとしてもそれはお前を救う事にはならない。何も与えない。」
「救うだとか与えるだとか大層な、」
「どう思ってくれても構わん。笑えばいいさ」


お前の過去なんか何も知らない。
心の闇がどこまで深いのかも解らない。
だが、今俺と香が目の前から消えてしまえばお前はきっと思うんだろう。

『俺の手に残るものは何もない。何も守れやしない』

違うだろう?
お前は欲していいんだ。
掴んでもいいんだ。


「俺達がこの世界に入ったのは自己責任だ。決してお前の所為なんかじゃあない。だから自分を責めずに俺達を責めながら生きてくれないか?」
「どうやっ、」
「足手まといを恨んでくれて構わない。失敗したなら叱り飛ばしてくれればいい。だからあいつも言った通り……お前の死に様を見届けさせてくれ」



僚の言葉を全て遮り、思いの丈を全て吐き出してやる。

「それから言っておくが、技術は最大限に活かす。だから俺も香もお前より先に死ぬ事はない、絶対に。」
「………」

あまりの言い様に僚のポカンとした半開きの唇から、短くなった煙草が逃げ落ちた。

「………」
やがて僚は諦めたように俺の隣に腰を下ろした。



「…ホント、ワガママな兄妹」
「我が儘はお互い様だ」
「どっから来るのかね、その根拠ない自信は」
「お前からだよ、僚」
「……」
「お前のお陰なんだ、僚。」
「っか〜、クサい男!」

僚が頭をガリガリと掻きむしり、それから懐に手を差し入れ、二本目の煙草を取り出した。それを口に咥え、それから店の名前が記されてある黄緑色の使い捨てライターで火を点けようとする。
カチッ、と何度か音を立てるが小さく火花が飛んだだけだった。

「チッ、切れてやがる」
「僚」
「あん?」



あの時、僚が放り投げた銀色のライターを懐から取り出す。

俺は訊いた。




「俺は今でも『都合の良い一時のパートナー』か?」
「………」

ライターを受け取ろうとした僚の手が一瞬止まった。




「………訂正するわ」



真っ直ぐに僚の手は伸びて、ライターを受け取る。


「『都合の悪い一生のパートナー』だ」
「おい、どういう意味だそれは」
「言葉通りだよ」


『都合の悪い一生のパートナー』か。
まあ、いいだろう。

天の邪鬼な僚の言葉に俺は笑った。




「俺も一本貰おうか」














−*−*−*−*−














リビングに戻ると香がハンマーを構えて待っていた。

「のわっ!?」
「香!?」
「……本物?」

まだ銀狐かと疑っていたらしい。ハハ、悪い事をした。


「だあーから、最初から本物だっての」
「合言葉は!?」
「XYZ!」
反射的に僚が答えると香は大きく頷いた。(そんな合言葉でいいんだろうか)

「……じゃあ、私のフルネームと生年月日を答えなさい!」
「槇村香、3月31日生まれ、通称男女、スリーサイズは上からはちじゅう―――」
「そこまで答えんでいいわ!」

本人だと確認されたにもかかわらずハンマーが振り下ろされる。

「あら?」
「どうした香」
「そういえば……あんたの誕生日っていつ?」
「………」

「訊いた事なかったわね、教えてよ」
「さあて、いつでしょう」
「歳はいくつ?」
「ハタチ」
「勿体つけなくてもいいじゃない」
「こういう話はベッドの中でするって決めてるの、ボキ」
「嘘くさいわねー」
「じゃあ試してみる?」
「え」

「だから、俺ともっこりしてみる?」
「…………ぇ…」




「なあ〜んちゃって!男女じゃ勃つモンも―――――」
「………ったら?」
「あ?」

「も…もっこりしてみるって言ったら…どうするのよ」

「……………………」
「…………………」




な、何だこの空気は。
目の前でパートナーと妹が頬を染めて見合っている。

いや、待ってくれ。

「僚、待てお前……」
「あの…その…なんだ、香」

しどろもどろになった僚が一言。


「男同士じゃ物理的に無理だな」








ドゴオオオオオオ………ン















「もう寝る!」
「お…おやすみなひゃい……」

ハンマーの下敷きになりながら僚が手を振っている。
とりあえず回避された。僚が逃げたのは明らかだ。

もっこりがどうとか、そういうのじゃあない。

冗談なのは百も承知だ。そうまでして話題をすり替えたかったんだ、あいつは。










誕生日を訊かれた時のあの目は確かに、何かから逃れるような目をしていた。

















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