予定時刻の5分前に新宿御苑に到着すると、立木さゆり――――香の実姉は券売機前に立っていた。
俺と目が合うと小さく辞儀をし、それからゆっくりと歩み出る。

「槇村秀幸さんですね?」
「ああ」
「初めまして、立木さゆりと申します」

挨拶と同時に名刺を渡される。そこには彼女の名前と役職が書かれてある。

「ウィークリー・ニュース誌編集長………貴女が?」
「ええ。未熟ではありますが」

控えめに笑うがその目は気の強さが伺える。どこかで見た眼差しだと思うがそれも当然だ。
髪型も服装、振る舞いも全く異なるがその雰囲気はやはりどこか香と似ている。
やはり姉妹なのだと嫌でも実感させられた。

「早速ですが妹…香に会わせてください、お願いします!」
「……勿論そのつもりです。ただお願いがある」
「はい」







立木さゆりを車に乗せ、早速アパートへと向かう。
俺は車中で彼女に話をした。
今の俺達の仕事。
香はそれにどのようにして携わっているか。
今までどんな生活をしてきたのか。


「だから…まずは今の香を見て欲しい。すぐに姉だとは名乗らず、暫く一緒に生活をして欲しいんです。」
それを聞くと、彼女は何度も小さく頷いた。
「そう…そうですよね、香にも今の生活があるから…」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ…よろしくお願いします」








−*−*−*−*−*−








「ただい――――…」

玄関のドアを開けようとして異様な気配に気づく。これは…

「立木さん、できるだけ頭を低くしてください」
「はい?」
「いいから」
「は、はい」

低い体勢のまま玄関のドアを開くと同時に僚が飛び込んでくる。

「おわっ、どけ槇村ぁ!」
「僚!」
「どぉ〜こへ逃げる気じゃ、このもっこりスカポンタン!!」
「きゃあっ!」

巨大なこんぺいとうが僚を直撃し、壁にのめりこむ。

「返せ、あたしのブラジャー今すぐ返せ!」
「そ…そんな事言っても今のでホラ…」
「ああ〜っ、ボロボロじゃないのよ!」
「ぐすん…せっかくのピンクちゃんが……」
「き、気色悪いからブラジャーに頬ずりするなっ!」
「ま、いっかあ!冴子の紫パンティちゃんは元気だしぃ♪」
「んなっ…」
「むふ〜、ええ匂い。香の乳臭いブラちゃんとは大違―――」
「僚ぉ…あんたってヤツは……」
「立木さん!」
「は、はいっ!?」
「アパートを一旦出ましょう」
「え?どうしてですか……」
「話は後で!まずは身の安全を確保!」
「ええ…ええええっ!?」

立木さゆりの背中をめいっぱい押し、アパートの外へと避難する。
案の定、数秒後にはアパートが大きく揺れ、男の叫び声が通りまで響いてきた。

「な…何なんですか此処は…」
「はは…」

果たして紹介してよいものか。









土煙が治まるのを見て、アパートへ足を踏み入れる。

「色気が無くて悪かったなこのパータリ!バカ!もっこり男!」
「ぐ……ぐるじ……」

「ただいま」
「槇村おま、何暢気に―――」

香のコブラツイストを喰らっていた僚は俺を見た……のは一瞬で、すぐに背後の立木さゆりに視線を移した。

「んっ………」
「?」
「んもっっっっっっこりちゃん発見〜!」
「させるかド変態!!」

両手広げ、立木さゆりに飛びつこうとした僚は見事にハンマーを喰らう。
更にハンマーの上から香が容赦なく踏みつける。

「あ…が…」
「当然の報いだバーロー!」

ぐりぐりと僚を踏みつぶしたところで一息ついたらしい、香がやっと俺達を見た。

「アニキおかえり。お客さん?」
「あ……ああ、依頼人だ。立木さゆりさん」
「『アニキ』って……槇村さん、この人は…」
「ああ、紹介します。彼女は槇村香。妹です」
「いもうと……という事は貴女が……貴女が……」

「「?」」

香と僚が顔を見合わせ何の事だか、と解らないような顔をした。
お前達の所為だ。



「僚、ちょっと話がある」
「あん、何だよ」
「香、立木さんにコーヒーを出しておいてくれ」
「あ…うん、わかった」









−*−*−*−*−*−







有無を言わさず僚を屋上へ引きずり、唐突に俺は切り出す。

「僚、お前彼女を見て気づいた事はないか?」
「………」

煙草に火を点けた僚はゆっくりと煙を吐き出しながら俺を見た。

「僚――――」
「彼女は香にそっくりだ。おまけにお前の不安定な事!」
「……そうか、やっぱりそう見えるか」

俺は昨日冴子から聞かされた事、今し方約束した立木さゆりとの条件を僚に話して聞かせた。

「僚。俺は………」
「俺ぁ解らんよ、妹いねえし」
「……」
「それに俺達がどうこう考える前に確かめる事があるんでないの」
「………」

そう、
そうだ。
俺はまた香の気持ちをないがしろにしてしまうところだった。

「お前の話だと暫くはさゆりさんと同じ屋根の下なんだろう?」
「…そうだな。すまない、僚。」











リビングに戻ると立木さゆりが香の背中を押していた。コーヒーを出した気配は無い。

「ち…ちょっと、さゆりさん!」
「いいからいいから」
「あれぇ?さゆりちゃんお出かけかな?じゃ、僚ちゃんも……」
「貴方は来ないで、絶対に!」

初対面にも関わらず強烈な拒否の言葉をかけられた僚は思わず焦り笑いをした。

「そうだ、香さん。その前に貴女のクローゼットを見せてちょうだい。着替えをしてから出かけましょ!」
「ち…ちょっとさゆりさん…」

この空間はすっかり立木さゆりのペースだ。
香もいつもの勢いを出せないまま自室へと彼女を案内する事になってしまった。




数分後。出てきた香の姿に俺達は思わず目を見張った。
女の服装にはまるで興味が湧かないが、これだけは嫌でも忘れない。

真っ白なワンピースにミュール。

それは以前香が攫われた日に僚が見立てたと思われる物だ。


「いい服持ってるじゃないの。これで出かけましょ」

僚が見立てた服で実姉と出かけようとする香。
俺は心の中にちくりちくりと小さな棘が増えていくのを感じる。

「………立木さん」
俺が口を開きかけた時だった。




「却下」




俺よりも早く外出を却下したのは僚だ。
立木さゆりは僚を睨みつける。

「…何が却下なんですか」
「香の格好だ」
「どうして!?」
「オカマの女装は一般市民に目の毒だか――――」
即座にハンマーが振り下ろされる。
「着替えてくる」
「香さん!こんな人の言葉真に受けなくてもいいのよ!?」
「ううん、違うの」
香は笑う。
傷ついた様子でも、怒った様子でもないすっきりとした笑顔だ。

「待っててね、さゆりさん」

香は自室へと小走りで駆けていった。


「…………」


香の姿が見えなくなると立木さゆりは肩を震わせた。

「あなた方は……香をどのように育てて来たの?」
「立木さん…」
「特に貴方!」

ビシッと指さされたのは僚だ。

「嫌だなさゆりちゃん、ボキ冴羽僚っていう名前が…」
「なら冴羽さん、訊きますけど貴方は香の何なんですか!?」
「んな…何って言われても…相棒の妹ってだけで…」
「相棒の妹の下着を盗むのは正常な事でしょうか!?」

……フォローのしようがないな。

「あのワンピースと靴も貴方が買ってくれたと香から聞きました。あんなに香に似合うコーディネートができるっていう事は恋人なのかしら!?」

…やはり僚の見立てだったか。
俺の中でまた棘が増えた。

「いや…待ってさゆりちゃ……」
「待ちません!彼女が外出するのにおしゃれをする事を否定する彼氏がどこにありますか!こんなのってひどいわ!」
「だあ〜から、俺は恋人でも何でもないの!相棒の妹ってだけでそれ以上でもそれ以下でもねえの!」
「そんな筈ないわ、私には解ります!少なくとも香は――――…」


言いかけた彼女は急に口を閉ざした。


「そう……貴方……」
「?」
「そうなのね…ひどい人………」




「お待たせ〜……あれ?」

黒いカットソーにジーンズ姿の香が戻ってきた。

「どうしたのみんな?」
「………」

彼女の言葉が何を示しているのか分からない所為で俺には説明のしようがない。
黙っていると立木さゆりが口を開いた。
「何でもないわ、行きましょう」

















「僚……」
「人の話聞かないところなんか香そっくりだぁね、さゆりちゃんは」

のんびりとした口調で僚が呟く。
リビングの電話が鳴り響いたが、それを取るのさえものんびりとした、緩慢な動作だった。

「はあい、冴羽商事でっす…何だ、冴子か。あ?」
二言三言の後、僚は俺に受話器を渡す。
「お前にだとさ」

「……もしもし」
『どう?』
「どうもこうも…香が二人になった気分さ。まるで嵐だ」
『あら、そ』

余りにも素っ気ない返事。

「ついには二人きりでショッピングときたもんだ。冴子、お前……」
『待って、二人きり?』
「ああ」
『ダメよ、彼女狙われているわ』
「何だって!?」
『急いで追って。大変な事になってしまう』

「僚!」

振り返れば既に僚の姿は無い。
ミニクーパーのエンジン音が響き、慌てて俺はガレージへと向かった。




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