「香〜、今日のメシ何だ?」
「まだ決めてないけど何で?」
「カレー」
「…CMのもっこり美女のせいね……」
「味―――」
「辛口、スパイス多めでしょ」
「……」
「まあ座って待ってなさいよ。すぐできるから」










−*−*−*−*−*−











「槇ちゃんは?」
「依頼見に行ったわよ」
「あるわけねえのにご苦労なこった」
「何言ってんの、こうしてあったかいご飯にありつけなくなるんだからね!」
「はいはい」
「もう!…………でも」
「あん?」
「こうして平和に暮らしてるのが一番よね」
「………………。」


「ねえ、もしずっとこのまま依頼が来なかったら…ううん、来なくて廃業になったとしたら…そしたらあたし達3人さ―――」


「あ、もっしもしミカちゃん?久しぶりィ!」
「ちょ……!」
「そんな事言われちゃったら僚ちゃん行っちゃうもんねー!え?今から?そうねもっこりディナーだぁい賛成」
「……………」
































『しっかりと手放して』

言われた事を忠実に実行しているのかもしれない。最近の僚を見た限りでは。









「もうっ、何なのよあのもっこりバカ!!!」
「何をそんなに怒っているんだ」
「あいつったらひどいのよアニキ!」
「……何を今更」
「そ…そうなんだけど!」

怒りながら包丁を握る香をなるべく刺激しないように横に立つ。

「水をくれないか?」
「あ…ああ……うん」

素直に香が頷き、包丁を置くとグラスを手に取った。
これで刃物を振り回す危険は―――――




「ああ、それにしても腹が立つわあのもっこり野郎!」


香が腹立ち紛れにグラスをシンクに叩き付けるのを見ながら、結局は香の手にした何もかもが凶器なのだと落胆する。
グラスは勿論粉々だ。




「………」
「あいつ『カレーが食いたい』って言っておいて途中で愛人にデートの電話かけ始めたのよ!?信じられる!?」
「愛人って…僚がそう言ったのか?」
「言ってないけどあれは愛人よ絶対!」
「まあ…なんだ、カレー位」
「何ですってぇ!?」
「ひいっ!」
「だって!」



「せっかくあいつの好きな味にしてやったのに」




「……香」









俺は恋だの愛だの語る程の経験も無い。だが香が持つ僚への感情は間違いなく愛なのだと思っている。
だが僚は?
あいつは解らない。
からかっているだけのように見えて、実は試されているのは僚の方じゃあないのかと思う事がある。
まるでガキが好きな子にするいじわるのような事をしてみたり、香の言葉に簡単にたじろいだり。
かと思えば近づく香を冷たくあしらったりまるで女だと思っちゃいないし。


『愛しているのなら誠実に そうでないならしっかりと手放して』
今のあいつは香を手放そうとしている。そう思っていいんだろうか。
という事はやはり僚に恋愛としての感情は――――――










ゴウウウウウウ………ン!












突然地響きが鳴り、香は小さく叫び声を上げてしゃがみ込んだ。

爆発?どこで――――





「地下か!」
「ま、待ってアニキ!」
「香はここで待つんだ!俺が戻らない時は僚を呼べ」
「あいつが来るわけないだろ!愛人のところなんだから!」
















ゆっくり射撃場のドアを開けると、一気に黒煙が流れ込んでくる。

「……一体どこから」

まさか一見さんが隠し通路を知っているとは思えない。
人の気配は
「……一人か」

素人らしい
。気配を隠す事なく歩き回るその人影を煙に紛れ、捕まえる。




「動くな!」
「きゃあっ!」
「…………『きゃあ』?」
「アニキ、やっぱり加勢する―――」


意表をついた女の声に、まさか香かと思った瞬間に背後から香が現れる。(背中にバズーカを背負って)
じゃあこの声は………




「貴方が槇村秀幸さんね?」

「な、何故俺の名前を」
「それより…どけてくださるかしら、この銃」
銃口を向けた先には
「いやらしいわね」
柔らかい胸の弾力が銃を押し戻す。

「う、わっ、すまない!」
「か〜わいいっ、照れちゃって♪」
「ホントか〜あいい、88のCカップ♪」

つん、と胸をつついた男は
「僚っ!?」
「何するのよこのスケベ!」
香がバズーカを向けるより早く、その女はどこからか現れた僚の首根っこを掴み投げ飛ばした。



「…ってことは、あなたが冴羽僚。シティーハンターね?」
「……そういうおたくは?」
「隣に越して来ました、RN探偵社の者です。今日はご挨拶に」

「あんたねえ!挨拶ってのは爆破だと思ってんじゃないだろうな!挨拶なら玄関から入って来いってんだ!」
「まあまあ香」
「そうそう、夜這いルートができたと思えば――――」
「ん?」
「……僚」
「あ〜、うおっほん!」
わざとらしい咳払いの後、僚は握手を求めた。

「僕の名前は冴羽僚、困った事があれば――――」

「ええ、利用させてもらうわ。思い切り」
「あり…?」
「…ん?」

女の意地悪い微笑みに既視感を覚え、背中がざわつく。
この表情、どこかで――――――



「あたし、あんた嫌いだわ」
「フフ、ありがと。まさか姉妹揃って同じ事言われるなんてね」
香に握手を拒否された女はまた見た事のある表情を浮かべる。

「………待てよ、姉妹だって?」
「ええ。大分お世話になっているみたいねうちの姉は」
「……まさか…」
「改めまして…RN探偵社の責任者、野上麗香よ。姉は冴子」
「あ………あ……」

「「「悪夢だー!」」」


















−*−*−*−*−*−*−












「じゃあ、依頼がある際は冴羽僚ではなくて、貴方を通せばいいわけね?」
「その方が君の為でもある」
「あらどうして?」
「あいつの報酬はもっこりだ」
「も………」
「こちらを通せば適正価格での請求が行く」
「気をつけるわ、秀幸さん」
「槇村でいい」
「あら、それじゃあ妹さんと区別が付かないもの。それに練習にもなるしね」
「何の?」
「将来兄になるかもしれないじゃない?」
「う、お、あっ?」
「あら違うの?」
「俺は冴子とは――――」

「貴方が警察を辞めて、姉さん悲しんでた」
「………」
「あの堅物キャリアウーマンを虜にする男だもの、どんないい男かと思っていたら……姉さん意外と男の趣味悪いのね」
「…………」
何も言えないな。あらゆる意味で。

「攫ってあげてよ、姉さんの事」
「………何を急に…」
「待ってると思うんだけどなあ、あのやせ我慢姉貴!」
「そんな筈……」
「大丈夫、姉貴さまは意外と貯蓄してるのよ!生活に困る事ないわ」
「いや、待ってくれ」
「多分貴方がこっちに来いって言えば簡単に警察なんて辞めちゃうわ!」
「それは……」
「何よ煮え切らないわね〜。男が思ってるよりも結婚って簡単よ?紙切れ一枚なんだから」






「麗香」
「!」


気づけば戸口に不機嫌そうな顔をした冴子がいた。
ドアにもたれかかり腕組みするその姿は明らかに苛立っている。




「姉さん」
「余計な事言わないで頂戴」
「だってホントの―――」
「私の理想は高いの。勝手に話を進めないで」
「何よ素直になればいいのに」
「私は高身長高学歴高収入の男にしか興味ありませんのでご心配なく。……それから」

「都合悪くなっても逃げ出さない事とレストランでヨレヨレのスーツを着ない事は最低条件なの」
「………………」




冴子は俺の目を見ようとはしない。
麗香が雰囲気を察し
「あ…私ちょっと用事が……」
と言い残しそそくさとその場を離れた。










「ごめんなさいね妹が」
「あ………いや」
「同業者と思ってこれから仲良くしてやって」
「わかった」
「あの子命を狙われているのよ。よろしく」
「わかっ………何ぃ!?」
「相手は射撃のスペシャリストなんですって。でもまあ、僚なら大丈夫よね。じゃ」
「おい待て冴子……」


伸ばしかけた手を止めた。
それとこれとは別なのに、俺が冴子を止める権利はないのだと頭が理解する。

動きを止めた俺を見逃す筈はない。一瞥をくれると冴子は静かに帰って行った。




「………はは」
乾いた笑いしか出てこない。

これならあいつの方がよっぽどまともだ。






あいつはちゃんとカレーライスを拒否してディナーをとると宣言したじゃあないか。





































*ブラジャーサイズは当時表記です

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