何かが少しずつ、変わろうとしている。

光の差す方へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほんじゃ行ってくるかな」

「冴羽さん!」

「まゆ子」

 

「冴羽さん香さんを助けに行くんでしょ、あたしも行く!」

「ダメだ、ガキは槇ちゃんとお留守番」

「留守番だなんてイヤ!だって…だってあたしのせいなんでしょ?電話聞こえたもん」

「違うぜまゆ子。あいつが勝手に誘拐されただけ―――」

「そうじゃない!あたし、自分とパパの事しか考えてなくって、だから香さんを困らせたから!」

「まゆ子ちゃん…」

「本当はわかってたから!冴羽さんも香さんもお互い好きなんだって、邪魔しちゃいけないんだって!」

 

「そこまでだまゆ子ちゃん」

「お兄さん、お願い―――」

「続きはあっちで本人に言ってやってくれないか」

「それじゃあ連れていってくれるのね!?」

「その代わり、俺の傍を離れるんじゃないぞ」

「…うん!」

「そういうわけで俺も同行する」

「…好きにしな」

そっけなく僚が背を向ける。

頭を掻いている理由は聞かないでおこう。

 

 

 

 

 

 

-*-*-*-*-*-*-

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目的地は山奥の山荘。

道路の舗装が途切れ砂利道に差し掛かった頃、僚がおもむろに銃を抜いた。

「そっちも開けといてな槇ちゃん」

「了解だ」

助手席側の窓を全開にすると俺は後部座席を振り返った。

「まゆ子ちゃん、なるべく頭を低くして身を守るように」

「どうして?」

「一帯にレーザー防犯装置が設置されている。撃たれたら体に穴が開くぞ」

「じゃあ香さんのところにたどりつけないの!?」

「正面突破」

「ええーっ!?」

僚の言葉に絶叫しながらも、まゆ子ちゃんは頭を抱えて丸くなる。

「レーザーは手術だけで十分なんだからあ!」

「それだけ軽口叩けりゃ大丈夫だ」

「もう!わたしか弱い女の子なのにー!!」

 

いいやまゆ子ちゃん。君は強い女の子だ。

 

視力を失っても、母親を失っても、君はこんなにも前向きで明るいじゃないか。

そして何より『自分の責任だ』と危険に立ち向かえる勇気。

それに比べてどうだ、俺のザマは。

「…弱いな」

「そうやね」

思いがけず僚の返事。

同時に防犯装置が二台炎上した。

「あ、ああ…そっちか」

「何?何が起こってるの!?」

「はぁい、防犯装置が勝手に壊れていきまぁす」

ヘラヘラ笑いながら僚が更に二台を撃ち抜いた。

山荘は既に目の前だ。

 

 

 

 

 

 

「じゃ、行ってくるか」

「つ…着いたの?」

「まゆ子、お前はここで槇村と待ってな。すぐに香を連れてくる」

「わかっ―――」

「何だなんだあ!?ボクちゃんの防犯装置があ~!」

「あらま、あっちからお出ましだ」

 

サイドとバックを刈り上げた、所謂おぼっちゃまスタイルの男が青ざめた顔で辺りを見回している。

「おいそこの刈り上げバカボン。香を返して貰おうか」

「んなっ、シティーハンター!?うわあー!もう終わりだあ~!」

もうだめだあ、と情けない悲鳴を上げて刈り上げバカボンは山荘の中へと戻っていく。入れ替わりに現れたのは

 

 

「香」

「僚ぉ!」

背中に銃を当てられた香を盾にしながら別の男が近づいてくる。

「銃を捨てろ冴羽!」

ここまでは相手が優勢だったのだが、それは見事な連携プレーだった。

僚を見た香がほんの少し頷く。

「わかった」

男の要求に応じた僚は銃を放る。

 

「冴羽っ、とったぁ―――」

 

後ろ手に縛られていた筈の縄が解け、カミソリを投げ捨てた香は男に肘うちを食らわせる。

銃声が響いた。

 

 

 

 

 

 

-*-*-*-*-

 

 

 

 

 

 

 

「怪我は」

「ないわよ」

「そうか」

 

殺し屋と刈り上げの坊ちゃんの3人をロープで一括りにふんじばりながら、香が頬を赤らめた。

照れ隠しにロープを引っ張りすぎて男達は痛いと呻く。

「……あ、ありがと」

「いーや。言いたいことがあるっていうから仕方なくさ」

「あ、そ…そうよ、あんたにこの際だから言っておくわ!あ、いいから黙って聞いてよ決心が鈍るから!」

「……」

何かを返そうとした僚を遮って香が大きく息を吸った。

 

「あたしさ………あんたの事――――」

 

やはり素直に告白できないらしい。空を見上げて、それから車に視線をやった香が硬直した。

「…あ、アニキ?まゆ子ちゃんまで!どうして!?」

今更になって気づいたらしい。素っ頓狂な声を上げて俺とまゆ子を指さした。

まゆ子が「惜しいっ」と呟いて車から降りたので俺もそれに続く。

 

「香さん、あたしたちの事は気にせず続けて!」

「つ、続けられますか!ほら帰るわよ、僚!」

「へ?あ、ああ…」

「あ~ん、二人とも愛の告白はちゃんと――――」

「!」

何気なくやった視線の先でセンサーがチカチカと赤く光った。

鈍い動作音が響き、銃口がまゆ子ちゃんに向けられる。

「危ない!」

「え?」

まゆ子を胸に抱きなるべく遠くへと跳躍する。

僚の銃声と同時にピシュ、と軽い音に貫かれる。

 

 

 

 

「――――っぐ!」

 

 

 

 

「チッ、レーザーがまだ生きていたか…無事か槇村!」

「まゆ子ちゃん!」

「あたしは無事!でも…でもお兄さんが!」

まゆ子ちゃんが胸の中で泣いている。

ああ、無事でよかった。

俺は、腹を撃たれたのか。

あまりの痛みに声が出ない。人間の最期はこんなにもあっけないものなんだな。

ああ、そういえば香が20歳の誕生日を迎えたあの日の夜とよく似ている。

「アニキ…嘘でしょ!?しっかりして!」

「う…っ」

「槇村!」

 

ああ、最期に。

最期にこれだけは言わせてくれ。

 

「りょ…う…、香を…頼む」

「当たり前だ、何が何でも守り抜く!だからお前も死ぬな、槇村ぁ!」

 

そうか。何が何でも、か。

それを聞けたらもう俺は

悔いがないな。

 

 

 

 

「っ、ぐう…!」

「アニキィィィィィー!」

 

香の悲鳴にすまん、と謝りながら俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-*-*-*―*-

 

 

 

 

 

 

笑い声が響く。

――――病室に。

 

 

「うわーははは!ただの盲腸だったなんてなあ!お前よっぽどこの病院と相性いいのな!」

何と俺は、佐々木総合病院へと舞い戻った。

今度は潜入でも何でもなく、盲腸というれっきとした診断名をもって(今度は個室だ)。

術後の俺は、僚のバカ笑いを諫める気力もない。

 

「レーザーに当たったのかと思ったわよ!びっくりさせやがってバカアニキ!」

「はは…あまりの痛みに声も出なくてな」

「ところでさあ槇ちゃん」

「何だ」

「盲腸ってアソコの毛剃るって本当?」

「僚…お前は…」

 

言われっ放しも癪に障るな。

俺は反撃をする事にする。

 

「ところで僚」

「あん?」

「お前…あの時言ってくれたな。香の事は何が何でも守り抜く、って」

「――――…。」

途端に僚の目が小さな点になる。

「香、お前も言いたいことがあった筈だな。僚にはちゃんと伝えたのか」

「え、あ、それは…!」

香の目も点に変わる。

二人の視線が宙を泳ぐ。

「俺は少し寝る。見舞いはもういいから二人共早く帰ってくれ」

 

 

 

香は暫く油を差していないロボットのようにガクガク歩く。

僚は頭を掻きながらノソノソ歩く。

普通ではない二人の後ろ姿を見送ると俺は毛布を被る。

 

「きゃあー!またヘンタイが来たわ!」

「いやあーん」

「僚ぉ~!」

 

だんだん遠ざかっていく二人の声。

次に会った時はあの関係も少しは前進してくれているのだろうか。

もう、まどろっこしい関係から卒業してもいい頃合いだ。

 

「頑張れよ、二人と―――」

「槇村っ!」

バン、と激しい音でドアが開いて俺は思わず飛び上がる。

「なっ…冴子!?」

「良かった、意識が戻ったのね!よかった…!」

「いや待ってくれ冴子…」

「もう…もう逢えないんじゃないかって…私…!」

「そんな大袈裟な」

「バカ!まだそんな事を言って!私や香さんを悲しませないで!私は貴方がいないと生きていけないのよ!」

「いや…その…すまん」

大粒の涙を零しながら抱き着いてきた冴子を抱きしめ返す。

まだ納得いかないまま俺は呟いた。

「すまなかった冴子。盲腸ぐらいでお前がそんな心配をするなんて―――」

 

「待って、盲腸?」

「ああ」

「私、僚から『レーザーで撃たれて意識不明』って…」

「ああ、あながち間違いでもないが正確に言えば撃たれて穴が開いたのはコートで、意識を失ったのは盲腸の痛みからだ」

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

冴子の頭上を何かが飛んで行った。

「僚のヤツ~!」

騙された!と冴子が激高する。これは…俺が謝るべきなのか?

 

「――でもまあ」

冷静さを取り戻した冴子が俺の手を取った。

「いいきっかけになったわ」

「何のだ」

「『愛してる』は後悔する前に伝えておくべきだってね」

「冴子……」

 

そうか。

そうだな。

あの二人に高説を垂れている場合じゃない。俺も後悔する前に伝えておくべきだな。

 

 

 

「冴子、今まで俺はお前と自分と生きる世界が違うからと…自分に言い訳をしていた。だが俺は――――」

「待って」

「へ?」

「待って。やっぱりその先は後で聞く事にするわ」

「………」

「ごめんなさい。だってパジャマ姿の男の人から愛の告白されちゃうなんて…カッコつかないでしょう?」

冴子が悪戯に笑う。

まったく、難しい女だよ。

 

とりあえずは、退院したらスーツを新調する事にしよう。

それからバラの花束でも調達するか。

 

「出直そう」と俺は言った。

「お願いね」と冴子が笑う。

それは今まで見た事もない程にあどけなく、とても綺麗だった。

 

 

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