アパートを飛び出した香にやっと追いついたのは横断歩道の前だった。
赤信号を無理矢理に渡ろうとしていた香の腕を掴むと、香は振り返る。
小刻みに震える指に、てっきり泣いているのかと思ったが
「アニキ!やるわよ!」
「や…やる…?」
香の目は怒りに血走っていた。



……いやな予感がした。












−*−*−*−*−












「香…」
「何?」
「どこから持ってきたんだこんな物!」
問いつめるように香に訊くと、香は当たり前のように答えた。
「アパートの武器庫」

バズーカ、ライフル、手榴弾……目の前には山積みされた武器。
確か俺達は手ぶらでアパートを出た筈なんだが。

「………どうやって」
「美樹さんに頼んであいつをお店に呼んでもらったの。」
女店主のコーヒー1杯の誘いに僚はホイホイ出かけていったらしい。その隙に香がアパートへ忍び込み、ファルコンから借りたジープにありったけの重火器を積み込んできたというわけだ。

「銀狐なんか一発でしとめてやるわ」
「香、お前バズーカの使い方なんて知っていたか…?」
「…………」
「………」
「なははははは」
「香!」
「まあまあ、何とかなるってアニキ!」

共同生活が長すぎたか。ごまかし方が僚そっくりになっているぞ。

「それよりアニキ、そっちは?」
「ああ、手はずは整った」
「よし、頑張ろうねアニキ!」
「………ああ。」



俺達兄妹は考えた。
これから先の生活なんかどうにでもなる。シティーハンターを解消したからと言って困る事など何もない。
ただ、このままでは終われないという思い。

『裏社会では有名だよ。シティーハンターがお荷物を二つも抱えている、とね』
『貴様が大事に守っているあの二人を1週間以内に殺してあげよう。阻止する事ができたのなら貴様の勝ちだ』

守られているだけなんて冗談じゃあない。
荷物だと?見くびられたもんだ。
そんなにゲームがしたけりゃ乗ってやる。ただし、俺たちからの挑戦状だ。

さっき俺は新宿中の電光板にメッセージを流す予約を入れてきた。言い出したのは香だったが、今では俺も乗り気だ。
刑事時代からじっとしている事を苦だと感じた事はない。だが今は少しでも動く事を止めると頭であの言葉が響き出す。

『お前ら、本当にこの世界で生きていくつもりなわけ?』

ああ当然だとも。
このままパートナーを解消だなんてとんでもない。
どうせこれが最後だというのなら、好きにさせて貰うぞ……僚。








〜銀狐に告ぐ。埋め立て処分地Dブロックに午前二時。 槇村〜

至る所の大画面にそんなメッセージが流れたのは数時間後の事だった。



















−*−*−*−*−






「そろそろ時間だ」

香を停めてあったブルドーザーの中へ押し込むと俺は言った。
自分も戦う気でいた香は、驚いた表情で俺のコートの襟を掴んだ。

「アニキ!」
「香、お前はここにいるんだ」
「あたしも一緒に戦う!」
「お前はトラップを沢山仕掛けてくれただろう?それだけでもう十分だよ。それに」
香の持っているリモコンを指さす。
「さっき打ち合わせた通り、そのリモコンを操作してくれればそれでいい」

Dブロック一帯にはありとあらゆるトラップが仕掛けられている。
俺が動き、銀狐を巧く地雷原まで誘導する。銀狐の動きに合わせて香がトラップを作動させていく。



勝算は………




「香。万が一、俺に何かあった時は」
「いやだアニキ!」
「最後まで聞いてくれ、香。俺に何かあった時はこれで身を守れ」
「これ…!」
「俺ならまだ一丁持っているから心配ない」

俺は懐から銃を取り出すと、香の手にゆっくりと置いた。

コルトローマン。

これだけはしたくないと思っていた。だが、俺がどこまでヤツに通用するのかが解らない今、香だけは生き延びて欲しい。
バカな兄貴だな…俺は。
こんな形でしかお前を守ってやる事ができないんだ、香。




銃の重みに怯えた様に香は口を噤んだ。その肩を優しく叩くと
「大丈夫だ、生きて戻るさ」
俺はブルドーザーのドアを閉めた。







−*−*−*−*−







午前二時。3分を過ぎたが銀狐の現れる気配はない。


「…………」

冷たい夜風に加え、ゴミの臭いが鼻をつく。
あまり長居はしたくないところだ。



「……まだか」
独り言が口から零れた瞬間、人の気配を感じた。

「!」

暗闇の中、一人の男らしき影が近づいてくる。

「…来たか」
銃を向けると暗闇の向こう、殺気とは程遠いふざけた気配。



「おいおい、勘弁してくれよ!」
「…………この声は」

まさか

「僚!」





近づいて来たのはいつものだらしないジャケット、赤いシャツ。
その顔は紛れもなく僚だった。



「…お前、どうして」
「ったくそれはこっちの台詞だぜ、秀幸ちゃん!」
「……。」
「何だよあのメッセージは!」
「…見ての通り、決闘状だ」
「バカバカしいなあ!昼間の事は謝るからさっさと帰ろうぜ」
「……昼間、何かあったかな。俺は記憶にないんだが」
「う…ん?ああ、あれだよ。色々あっただろ?」


目の前の僚は声も顔も服装も、僚であることに変わりはない。
だが、何かが違う。


「………」


それを確信する為、俺は懐に手を差し入れた。

「僚」
「何だい秀幸ちゃん?」
「…これなんだが」



ひらり。



「香の下着だ。」
「……………。」


目の前の僚が絶句している。
それから
「お…男女のパンティなんか興味ないね!もっともっこり美女のをくれよ!」
「……」

「それよりパートナーに銃を向けるなよ、それを下ろし―――」
「…物」
「ん?何か言ったか秀幸ちゃ…」





「偽物と言ったんだこの狐が!」





一発目は威嚇するように地面へ向け、それから二発三発と続けざまに急所を狙って撃つ。

僚…ではなく、変装をした銀狐に。

鮮やかな身のこなしで銀狐が銃弾を避け、飛び跳ねると間合いを取った。

「私の変装を見破るか、流石だよシティーハンターのパートナー!」
「簡単だ、あいつは誰の下着にも見境が無い!」
「……………そ、そうか」

銀狐が一瞬、哀れんだ目を俺に向ける。
俺はすかさず4発目を放つ。
銀狐は予想していた方向へ身を翻し、そして着地―――






「おうわッ!?」






直後、足下が崩れゴミ溜めの餌食になった。
香の仕掛けていたトラップだ。



「んな…これは何だ!」
死に物狂いで這い上がってきた銀狐が咆哮する。

「リサーチ不足だな銀狐。銃を撃つだけがシティーハンターだと思うな」
「力不足を知能戦でカバーと言うわけか…面白い!」

ピクリとこめかみが痙攣を起こす。

『力不足』か。
…いかんな、これくらいの事で。




「君の決闘を受けよう、槇村秀幸!」

ビシッ、と俺に人差し指を突きつけ、ポーズを決めながら一歩踏み出した銀狐をいいタイミングでトラップが襲う。




ドー…ン

「うぎぇええ!」

今のは香の操作だ。







勝算が見えた。
これなら勝てるだろう。

その時俺は、そう思っていた。


















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