此処で死ぬ順番でも待つんだな、と太った男が鼻を鳴らす。これだけ油断を誘えたなら成功だと二人は思った。態と捕らえられた甲斐があった。
「まあ〜ブヒブヒしちゃって。ココって屠殺場だったりして」
「うるっせえ!何なら今殺してやってもいいんだぜ!」
目の前に牢という仕切りがなければ男は手を出していた事だろう。
「………」
ナイフをぎらつかせても全く怖がるそぶりを見せない二人に、男は舌打ちをした。
「チッ、いけすかねぇヤツらだ」
「そりゃどうも、良く言われるんで慣れてるけどな」
「待ってよ私まで一緒にしないでちょうだい」
「二人でシティーハンターだろ」
「こんな時ばっかりよく言うわよ!」
「あーうるせえ!黙ってボスが来んのを待っていやがれ!」
「あら、牢屋に入れて自由は奪ったんだから手錠は外してちょうだい」
香は手錠で繋がれた両手を胸の位置まで持ち上げた。だがそれさえも見ようとしない。
男は無視して地下牢を去っていった。
「何怒ってんでしょ」
「あんたがブヒブヒ言うからよ」
「……」
二人は錆びたドアを見つめながら足音が遠ざかるのを静かに聞いた。
気配が完全に消えると僚が上下を、香が左右を目視した。
「監視カメラ」
「ナシ」
「出口」
「施錠済み」
「―――とまあ、ここまでは計算通り…と」
「そうね、こんなに簡単にアジトが分かるなんてね」
でも、と香は不満げに呟いた。
「手錠が食い込みすぎて痛いの何の」
「まあ待てよ」
のんびり僚が呟きながら繋がれたままの両手で頭を掻いた。
「どこだったかな」
「まさか仕込んでないとか言わないでしょうね」
「まっさか!ほれ、この通り」
香の手錠の鍵穴に針金を差すと、ものの数秒で鍵が外れた。
「………」
自由になった手で今度は僚の手錠を外そうとするが、まるでうまくいかない。
「……あ、れ?」
「バカ、逆だ逆」
「逆?」
「逆に回す」
「あ、開いた!」
「もう一箇所な」
「分かってるってば」
鍵穴と格闘する香の真剣な表情を見ると僚はふ、と笑んだ。
「腕も疲れた事だし、俺は休憩でもしてようかね〜」
「もうっ、僚」
「だーってえ、目の前に丁度良いクッションがふたっつ――――」
ぱふん、と胸の谷間に顔を埋めた直後、僚の体は吹き飛んだ。
「鍵、開いたわ」
「ぞっ…ぞりゃどうも…」
頬をさすりながら僚が立ち上がる。
「さて…獲物はどうするかね」
「敵のアジトに来て丸腰なわけ?」
「だーってぇ、どうせ捕まる時に没収されちゃうだろ」
「取り返せばいいじゃない」
「銃ともっこりは男に触って欲しくないんだわ、俺」
「女ならいいんだ」
「そ。もっこり美女限定な」
「じゃあアタシは合格だわ」
「うんにゃ落第点」
「とっとと牢の鍵開けなさいこのもっこりバカ!」
身の危険を感じ僚が慌て始める。
自由になった手でいとも簡単に牢の鍵を開けた。
「僚、あれ」
「あん?」
男が出て行ったドアの真横。
『Caution』
「……武器庫?」
「だな」
鍵さえかけられていなかった其処には武器弾薬が並んでいた。
「バカなところに置いたもんだ」
「折角だから拝借しましょ」
僚は自身の銃と同種の物を見つけ手に取ったが
「ったく…メンテ不足にも程があるぜ」
そう言って顔を歪めた。
自分のものではないが、銃が粗雑に扱われているのには何となく腹が立つ。
「贅沢言わないの、武器が手に入るだけでもありがたいと思わなくちゃ」
諭す香の背中には重火器が積み上げられていく。おまけにガンベルトまで装着し、隙間にはあれやこれやが詰められていた。
「……」
「ほら、僚もちゃんと持たなくちゃ」
まるで弁当を持たせるかのように掌に手榴弾を預けられ、僚はただ苦笑した。
装備を終えて地下牢を出る。
同時に先の太った男と鉢合わせ、すぐに銃撃戦が始まった。
警報が鳴り響き敵勢が増えていくが、武器を手にした二人に敵う筈もない。
「データ収集している部屋は地下2階だとさ」
「コンピューターを全て破壊すればいいってワケね」
「………。」
見れば香がウキウキした表情でハンマーを抱えている。
「ここは任せて!」
「ハハ…武器庫必要あったのかねこのシト……」
−*−*−*−*−*−
ボスに念押しをする為、最上階へ向かった僚が待ち合わせ場所の1階ロビーに到着したのは香よりも先だった。
「………」
一瞬嫌な予感を覚えるがすぐに思い直すと首を振る。
1分もしないうちにドタバタと足音が近づいてくるのを聴くと僚は苦笑した。
「お待たせ!」
「遅い」
「悪かったわね。で?片付いた?」
「もっちろん!」
「こっちも大丈夫。全てぶっ叩いて壊して来たわ」
ハンマー片手にピースサイン。
「お前ね…依頼人に『モグラ叩きしたから大丈夫です』とでも言うつもりか?」
「失礼ね!確実にデータを消滅させる為に爆弾も仕掛けてきたから大丈夫よ」
「そらお見事」
香は満足そうに笑うと傍にあったソファーに倒れ込んだ。
「ああ〜、疲れた!さすがに火薬30キロは重かったわあ」
「だろうなそれだけの量――――って………ん?」
「?」
「2〜3キロありゃ充分だろ、何やってんだおまあは!」
冷や汗をかき始めた僚に香は首を傾げた。
「何やってるって…爆弾仕掛けてきただけよ?」
「戦車でも吹き飛ばすつもりかっての!」
「あら、爆発は派手な方がいいじゃない」
明日の朝刊が賑やかになるわ、と暢気に笑う香。
「…何カ所仕掛けた」
「コンピュータールームでしょ、それから武器補充ができないように地下の入り口にも」
「……やっちまった…」
僚は天を仰いだ。
大袈裟にも見えるそれに
「何がよ」
と香が気色ばんだ。
鼻先に指を突きつけ
「爆発範囲、武器庫への誘爆」
「……」
「それから退避時間は計算したんだろうな?」
そう尋ねると
「―――――計算外」
香の笑いが引きつり、僚もつられて笑い出す。
「は……はは………」
「「走れ!」」
同時に走り、ビルを飛び出す。
「みんな死にたくないなら逃げてー!」
走りながら香が叫ぶとビルの中から男達の悲鳴が聞こえてきた。
ビルとの間にやや距離ができたがそれでも危険範囲に変わりはない。
音は聞こえずとも爆発瞬間の感覚を覚える。
「―――そろそろ来るぞ」
「はひっ!?」
少し遅れて後ろを走っていた香の腰を抱くと、強く自分へ引き寄せる。
「はは…ちょっと火薬の量が多かったかな…?」
命の懸かっているにもかかわらず、小さな失敗をごまかすように笑う香に
「これだもんなぁ」
つられて笑みを浮かべながら胸の中に抱きかかえ、物陰に飛び込んだ。