「…………」
待つこと1時間。
いい加減ナンパにも飽きを感じ、僚は大人しくその場にしゃがみ込んだ。
「依頼料受け取るだけで何時間かかってんでしょ、アイツ」
道路を挟んだ向こう側のホテルの一階には喫茶店があり、窓際に座る香の姿は遠目でも分かる。
背筋をしゃんと伸ばし、依頼人の目を真っ直ぐに見つめている。時々相手の冗談らしきものに笑いながら口元に手を当てる。
時々タイミングを見計らって席を立とうとするのだが、巧い具合に依頼人の話が続く。
僚はそれが計画的である事に気付いていた。
間違いなく依頼人は香に惚れている。
唇の動きから、どんな話をしているかは丸わかりだ。
「………」
僚はふて腐れながら時計を見る。
「ったく、次の依頼があるって言ってたのは誰だったよ」
道路をゆっくりと横切り、喫茶店の前に立つ。
それまで笑っていた香がふと外へ目を向けた。
依頼人が僚に気づき軽く会釈をするが、その表情はどこか僚を見下しているようにも見える。
そんな依頼人を一瞥すると
『次だ』
香に読み取れる様に大袈裟に口を開く。
「…………!」
瞬間、香が頬を真っ赤に染めて立ち上がる。
「?」
意味が判らない。
『次だっての』
もう一度唇の動きでそれを告げると
『ば……バカっ!』
香の唇がそう動いた。
「なんだァ……?」
依頼人が止めるが、香は財布からコーヒー代を出すと慌てて席を立った。
『………』
一人取り残された依頼人は冷めた目つきで僚を見ている。
「?」
「僚ぉ!」
「あ!?」
「あ、あんた人前であんな事―――!」
「へ…」
自分の言った事を頭の中で繰り返す。
「…………」
やっとで話が繋がると、僚は盛大に吹き出した。
「お前ね………」
『好きだ』
言う筈ないだろうが。
まあそう取って席を立てたのは結果オーライだわな、と思った僚は否定をしなかった。
香の火照りは暫く続きそうだ。