居座られるのは迷惑だ。
そう判断した僚が観念したようにソファーの上で胡座をかいた。





「……とっとと終わらせて帰れ!」
「じゃあ引き受けてくれるのですね?」
「そうでもしないと帰らないんだろ?」
「Yes!」

無邪気に答えるジャスパーさんに全く押され気味。
こんな僚も珍しい。

「じゃああたしは……」

ジャスパーさんがショルダーバッグの中からレコーダーや筆記用具を取り出す中、あたしは立ち上がる。
『戦争に関する調べ物』
確かに彼はそう言った。
という事は僚の過去にも関わる事。
全て知ってしまいたいけど、僚にだって第三者がいる中であけっぴろげに知られたくない事もあると思うのよね。
美樹さんの所にでも行っていようかしら。

「カオリさん何処行きますか」
「あの、あたしちょっと……」
「貴女にも訊きたい事あります、OK?」
「う…あ…」

答えに困って僚を見る。
僚はじとりとジャスパーさんを睨んでいる。
でも結局はそれだけであたしが此処にいる事を是とも非とも言わないし、言おうともしない。

僚は一体、どっちを望んでいるのかしら。



「ではまずカオリさんから」
「は、はいっ」
動揺を巧く読みとったんだろう、ジャスパーさんがアタシに話の矛先を向けてくる。
アタシはもう、ソファーに座り直す事しかできない。

「緊張良くないです。スマイルです、カオリさん」
「……あはっ、スマイルスマイル…」

こうなってしまうと流石に彼の笑顔につられる事ができなくなる。
何とか固い笑みを浮かべると、早速ジャスパーさんがレコーダーのスイッチを押した。

「貴女はリョウとどういう関係ですか」
「……パートナーです」
「仕事上の?それともワイフ?」
「〜っ」

何て答えればいいんだろう。
縋るような目をしたのかもしれない。
けれども僚はそんなあたしを見ないまま
「兼任」
そう答えた。

「リョウには質問してません。アナタ答えないでください」
「……」

僚はますます不機嫌そうな顔をする。






「仕事上のパートナーを組んだのはいつ?」
「えっと、あたしの20歳の誕生日だったから、あれから――――………」
指折り数え、途端に口ごもったあたしを見るとジャスパーさんは大笑いした。
「ゴメンナサイ。歳を訊くつもりありませんでした。」
女性に失礼ですね、と彼は頭を掻く。

「じゃあ質問変えます。アナタ、リョウの過去を知っていますか」
「…………」


さっきの質問より、よっぽどタチが悪い。



何て答えたらいいの。
何処から何処までを知っていれば、僚の過去を知った事になるの?


「………」
「カオリさん」
「…わかりません」
「それは『知らない』という意味ですか?」
「いいえ、分からないの。」
「………」

ジャスパーさんが小さく呻る。
ニホンジンムズカシイ。
そんな小さなぼやきも聞こえてきた。




「じゃあ質問を変えましょう。セックスは週に何回?」



ガタン!

僚とあたしが同時にソファーから転げ落ちる。

「Oh、流石パートナー!息ピッタリです。」
「じゃっ……ジャスパーさんっ!」
「おま……今すぐアメリカに帰れ!」
「何照れていますか。大事な質問です」
「どこが戦争に関する質問ですか!」

「…関係ありますよ」

ふ、とジャスパーさんの表情が変わった。
彼は変わらず微笑んだつもりだったのかもしれない。
けれどもその表情は何処か憂いを含んだ様にも見える。

「この位ですか?」
おもむろにジャスパーさんが指を一本立て、あたしを見る。
「……」
「じゃあ、この位?」
ジャスパーさんが指を二本、三本と次第に増やしていく。
「あの、ちょっと待……」

やがて彼の手が片方では足りなくなった頃
「OK,カオリさん分かりやすくていいです」
ジャスパーさんが笑いながらそれをやめた。

「?」
「ばーか、顔に出てるんだよお前」
「!」
僚に言われて、やっとで自分の顔が真っ赤になっていた事に気付く。
ああ、バレバレじゃないのよ…




「セックスの後、貴女は部屋に戻るんですか」
「………いいえ」

恥ずかしさを堪えながらやっとでそう答えると、ジャスパーさんは目を見開いた。

「一緒に寝ている?」
「…ええ」
「カオリさんとリョウ、眠るのはどちら早いですか?」
「僚よ」

これだけは即答した。
間違いないもの。


「本当ですか?リョウ」
ジャスパーさんがソファーに突っ伏す僚を掴まえてゆっさゆさと揺さぶり起こす。

「一緒に寝るのがもっこりちゃんならピロートークの一つや二つも出るんだがね〜」
「悪かったわね、もっこり美女じゃなくて!」
あたしは折角揺り起こした僚を再びソファーに沈めると、ぐりぐりとクッションに顔を押しつけてやる。
「ぐ…ぐるじ……」
「あたしだって、あんたの大イビキで迷惑してますから!」

「…………」

「何を!こっちだってな、お前の寝言で寝れねぇの!」
ガバリと僚が起きあがる。
「寝言ならあんたの方がひどいわよ!それから毛布取るのやめてよね!」
「お前こそベッドから俺を蹴って追い出すのやめろよな!」
「そんな事してないわよ!」
「うんにゃ、毎日だ!」

「…………」

「それから目覚まし時計を止めるのもやめてちょうだいっ」
「不可抗力だっての!」
「不可抗力で依頼の時間に遅れてどうすんのよ!大体――――」


「帰ります」
「はいはい、帰……え?」


しまった。
いつの間にかいつものペースで僚と言い合っていた。
ジャスパーさんはレコーダーを止め、手帳を閉じると静かに立ち上がった。

「あ、ごめんなさいジャスパーさん、あの……」
「いいえ。いいモノ沢山見れました」
そう言って笑うジャスパーさんには、本当に気分を害した様子も見られない。
むしろさっきまでの憂い顔が晴れやかな笑顔へと変わっている。




「実は戦争を経験した人間の、その後を調べていました。」
「その後…」
「生活面・精神面の変化、環境への適応……皆酷いものです。」
「お前も含めて、だろ」
「Yes!……でもリョウ、アナタ見て安心しました。訊きたい事沢山ありましたがもう大丈夫です」

ではおじゃましました。
バッグを肩に掛けるとジャスパーさんが深々とお辞儀をした。



「ではカオリさん、今度会う時にはワショクお願いします」
「ええ。喜んで。」
「それからリョウ」
「あん?」

「いいベッドが見つかってよかったですね」
「…早く帰れ」



−*−*−*−


「ねえ、このベッドって高かったの?」



その日の夜。
あたしは銃痕残る僚の部屋で、ふと昼間の事を思いだして僚に訊いた。

サイズが大きいというだけで、後は何の変哲も無いベッド。
『いいベッドが見つかってよかったですね』
ジャスパーさんは昼間、確かにそう言った。
けれど、時々軋む音が煩い程に年季の入ったベッドはとりわけいいと思えるような代物じゃないと思う。


「……さあな」

あ、何よ今の含みある返事。
絶対バカにしたでしょ、今。




「戦場にいたあの頃は―――」






僚がベッドの中で煙草を銜える。

寝タバコ厳禁。
いつもならそう言って取り返す所だったけど、僚の放った言葉を聴いて、あたしは伸ばしかけた指を止めた。


「当たり前だが安眠なんかした事なかったよ。目は閉じても感覚の全てが起きていた。」
「僚……。」

落ち着かないのだろう。
ライターの火を煙草に移すでもなく、ただカチカチと指で弄んでいる。


「戦場を離れてからもそれは変わらない。浅い眠りで如何に気力体力を回復させられるか。ただそれだけさ。」

まるで何でもない事を話すかのように、興味無さそうに僚は呟く。
けれども指だけは忙しなくライターを鳴らし続けている。

「安心して眠りたいって思った事はないの?」
「そりゃ『死にたい』って言ってるようなモンだしな」
僚はそう言って苦笑した。






「……い、今は?」





これを訊くのは、ちょっと勇気がいった。
もしかしたら声が上擦ったかもしれない。
僚の手からライターを取り上げると、あたしは僚の目を真っ直ぐに見た。
僚は銜えていた煙草をサイドテーブルに置く。


「今までこうして…」
「あ」


「誰かと朝まで眠るなんて事なかったよ、確か。」




僚の腕が背中の下に差し込まれ、あたしは掬うようにして抱き寄せられる。







「りょ、僚…」
「あー、眠ぃ」

あたしの手からライターを取り返した僚がサイドテーブルにそれを置き、ルームランプを消した。

暗闇と静寂の中、あたしはジャスパーさんがあんなに驚いていたわけを思った。
それから少しだけ、鼻の奥がツンと痛む。




「ねぇ、僚。それって――――」
「もしかして安眠できるのはこれのお陰かぁ!?」


むにっ。

暗闇の中。
僚の指があたしのお腹をこれでもかと言うほどに抓んだ。



「贅肉布団、なんつっ………でええっ!?」
「さっさと寝ろこの失礼千万男!」



数分後、ハンマーの下から大イビキが聞こえてくるのを聴きながら。
今日も一日平和だったと満足しながら、あたしは毛布を取り返した。


















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