また現れたか。




香は僚を一瞥すると嫌みたっぷりに溜息を吐いた。

「…僚」
「何だよ!俺だって覚えてねえの!」
「先方は覚えてるだろうが!」
「第一あの時、彼女8歳だぜ!?どうやって手ぇ出したってんだ!」
「あんたのもっこりは信用できないの!」
「言ったろ、彼女は世話んなった軍人の娘!それ以上でも以下でもねえ!」
「うるさい、大体あたしが何回同じ経験してると思ってんだ!!」
「……!」

二人暫く睨み合い、それから奥のテーブル席で突っ伏すブロンドの女を振り返る。
泣き腫らした顔を上げたその女は、名前をエマと言った。
エマは僚を愛おしそうに見つめると涙を拭く。そして立ち上がり、眼光鋭く香を睨み付けた。



「勝負よ」
「ムリムリ!俺は女と勝負する主義はな――――」
「リョウじゃないわ。カオリ、貴女よ」
「え?あたし!?」
「勝ったらリョウは貰うから!」
「勝負って言われても……どうやって」
「勿論、銃に決まってるじゃない!」
「えっ…」
「女と女の勝負よ、受けなさいこの腰抜け!」
「……!」

『腰抜け』
そう言われた香は目の色を変える。

「……受けて立とうじゃない」
「立会人をお願いするわ」
エマは海坊主を見るが即答された。
「断る。くだらん勝負だ」
「あら、じゃあ私引き受けようかしら」
美樹が面白そうに笑いながら手を挙げた。

「美樹」
「あらいいじゃない。射撃対決なんてどう?」
「…本当はカオリを狙いたいところだけど…まあいいわ」
「あたしも構わないわ」
「そうと決まったらフェアに行きましょうね。お二人に銃を貸すから射撃場へどうぞ」

女3人、話を纏めると射撃場へと姿を消した。






「…僚、いいのかあんな無謀な決闘をさせて」
「あん?いいんでないの」
「エマは」
「お前も彼女見て解っただろ?素人に毛が生えた程度だ。香と一緒さ」


さ、銃くらいは選んでやるかな。

コーヒーを飲み干すと僚は立ち上がる。
海坊主がニヤリと笑うのを
「コーヒー二杯目入れておけよ、タコマスター」
照れ隠しの様に制止しながら射撃場へと向かった。
















「私はこれにするわ」

パパが使っていたのと同じだから、と迷う事無くエマはワルサーを手に取り、武器庫を後にする。
香がどの銃を選ぶかという事には全く興味が無いようだ。

「……」

香は武器庫の前で立ち尽くしてしまった。
どの銃がどんな性能を持っているのか、そもそも銃の種類さえ解らない。

「香さん、私の使ってもいいわよ?」
美樹が言うが香は首を振った。
「何だかフェアじゃないわ」
「でも…」

「ホレ」

「僚?」
「これを使え」
「これ…?」
「最高の精度を誇る銃だ。」
「でも……僚!」
「あん?」



「もし……それにあんたは…」



言いたいことを飲み込むように僚を見上げる。
僚の冷めた目つきが何を意味しているのか察する事ができず、声が上擦る。


「香」


そんな香の頭をポン、と叩くと僚は武器庫を出てしまった。

「冴羽さん、立ち会わなくていいの?」
返事は返ってこない。
「もう、冴羽さんったら」

香はきつく銃を握りしめた。









−*−*−*−*−*−












「早かったな。立ち会わなくてもいいのか」
「夫婦揃って同じ事を訊くなよな」

カウンターの特等席に再び腰を落ち着けた僚はコーヒーを催促した。

「コーヒー」
「勝算はあるのか」
「聞こえなかったかタコ坊主!コーヒーつったろが」
「万が一香が負けたらどうするんだ?」
「………」

カップを手に海坊主がニヤリと笑う。
コーヒーを奪おうとするが巧い具合に躱される。


「……」


諦めてテーブルに肘を付くと僚は渋々口を開いた。

「エマは軍人の娘ってだけだ。囓った程度だろう。勝機は十分だ」
「万が一負けたらどうするんだ?」
「大丈夫だ。まじないもかけておいた」


やっとでコーヒーがテーブルに置かれる。
すかさずそれを口に運ぶと僚は言った。





「あいつ、思い込みが強いからな」






「………」
「………」



「今の銃声はエマか」
「いい線いってるんでない?」



「………」
「………」



「勝負あったな」
「そうね残念」
「待て僚。お前…香に何を持たせた」
「お前の耳で聴いた通りの銃よ」
「あれは処分しようと思っていた粗悪品だ」
「あ〜、そ」
「……見事だ」
「言ったろ?思い込むと強いんだわ、あいつ」











――――バン!!



「いつか絶対リョウを取り戻しに来るんだから!!!」

泣きながらエマが店を出て行った。
別れの言葉も視線を合わせることさえもない、あっという間の出来事に呆然としていると、香が美樹に支えられるように現れた。

「……へへ。腰抜けちゃった」
「冴羽さん、香さんたらすごかったのよ!」
「そら残念、僚ちゃんもっこりブロンドがパートナーだとよかったのにぃ」

香が怒る事を見越して冗談を言うが、香はそれを聞いてもニコリと嬉しそうに笑う。

「………」

僚は気を削がれどうしたものかと思っていると美樹が言う。


「それにしても香さんよくやったわ。あの銃、捨てようと思っていたものなのよ?」
「みっ、美樹ちゃん!」
「お店に襲撃に来た連中が置いていったの。大量生産、大量輸入の粗悪品。」

香の笑顔が一瞬で引きつる。

「照準も大雑把だし重いし…それを『最高の精度を誇る銃』だなんて。どうして冴羽さんあの銃を選んだの?」
「……僚」
「いや、大雑把だから香ちゃんと気があったのかもね…な〜んて……」
「お前…まさか本当にパートナー交換するつもりだったんじゃないだろうな!?」
「うわ待て香っっっ!」

二人は騒がしく僚が追われる形で店を出て行った。














「ねえファルコン」
「…何だ」
「今更だけど…おまじないって自分の能力を最大限に引き出す為の自己催眠なのね」
「香がまじないにかかったのか…僚が香の撃ち癖を知った上で適した銃を選んだのか…まあ、どっちにしろ犬も食わん」






























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