「何が大丈夫だって?」
「!?」






俺の腕の下、押し倒された香が目を大きく見開き体を硬直させている。
『あ、』
開こうとした口は何度かパクパクと空気を食み、それから自信無さげに窄んでしまう事を繰り返す。それが余計俺をイライラさせるから堪らない。

















二択だ。

香の言うままに昨日を無かった事にするか、
このまま抱いて、厭でも忘れられなくしてしまうか。



それにしても何だって香のヤツ、こんな事言い出すんだよ。
第一昨日誘ってきたのはおまあだろうが。俺が何か悪い事でもしたかよ!


……いや、僚ちゃんいっぱいしちゃったかも……


『離せ』だの『痛い』だの叫んだアイツにそのままもっこりしちゃったし…
そういや最後は泣いたっけ…
はは…自業自得ってヤツか?
いや、それにしたって散々逃げておいて忘れてくれはないんでないかい?
言いたい事あるならハッキリ言えってんだ。
考えれば考える程イライラが募ってくる。












バン!











フローリングに右手をつき直す。
香がビクリと肩を揺らし目をきつく閉じたその時、俺は口を開いた。



「いいぜ、忘れてやっても。」
「!」


香の表情が酷く歪む。





―――――しまった。





平静を装って言ったつもりが余りにも冷たい口調だった事に自分でも気付き、俺は慌てて言い足す。
「りょ」
「いや〜、悪い悪い!俺も慣れない事はするモンじゃねぇわ。」
「………僚…」

腕の下で縮こまっていた香を開放し、自分も立ち上がる。
ここまで来れば後は誤魔化すだけだ。
ま、いつもしている事だから苦にはならんわな。

「お前は大事なパートナーだったしィ?悪かったよ。」
「……」
「ま、お前も事故だと思ってここは一つ許しておくんな――――」

「……事故?」

江戸っ子風に額を一つ打とうとしたその時、香の目の色が変わった事に気付いた。







「事故ってどういう事だこのバカ!!」







瞬時に右頬へ激痛が走る。
真横から繰り出された特大ハンマーを避ける術は無い。


「じ、事故ってこういう事を言うのよ香ちゃん……」
「わかんないわよ!」
「僚ちゃんにもわかんない…」
「ふざけないで!アンタっていつも!」
「……香?」

やっとこさハンマーの下から這い出て香を見上げる。


「アンタがそうやって余裕でもっこりして…遊びだったのかもしれないけど…!」
「おい」
「痛くても恥ずかしくても余裕なくても……アタシは死ぬほど嬉しかったんだからなバカヤロー!」
「ちょ、香待て!」

イライラが急速に治まっていく。
香の顔が赤くなればなる程、だ。

「なのにアンタってばみんなに隠したがるし…ええそうよ、アタシは関係を隠したくもなるような女です!美人でもなければ引き締まったバストに豊満なウェストですよーだ!」
「お前なあ!いつだれがそんな事言ったよ!」
「あら忘れたとは言わせないわよ!昔アタシのプロポーションを―――」
「そっちじゃねぇよ!誰が隠したいって言った!?」
「い、言ってないけど海坊主さん達の前ですごく怒ってたし、籠城までして―――――」

「お前なあ!余裕ねえのは自分だけだと思うなよ!?」

「え?」
「………二度は言わん!」
「僚……」


あ〜、格好悪ィ!
イライラなんかすっかり影を潜め、残ったのはばつの悪さだけだ。おまけに香のヤツ
「僚……。」
あーほら見ろ。
ああいえば怒る、こう言えば泣く。
俺は一体どうすりゃいいんだよ、全く。
さっきも言ったが俺だって余裕はねえんだよ。
逃げられりゃ不安にもなるし冷やかされりゃ照れもするさ…ってガキか俺ぁ!






そういや二択だったな。

「…とにかく二度と逃げるな!」

勿論俺も。
自分を戒めるように香に言い聞かせ、そのまま寝室へと引きずり込む事にした。


こうなったら厭でも忘れられなくしてやるよ。

















−*−*−*−



















ドアを後ろ手に閉めるや否や空いた手で腰を引き寄せ唇を奪う。
そういや昨日はロクに唇さえ重ねなかったのかと、俺はやっとで思い出す。

「んっ」

大きく見開かれた香の目に『閉じろ』と視線で命令する。
おずおずと閉じられた瞼に何故だか興奮を覚えた。

舌先で唇をこじ開ける。
堅く食いしばっているらしい、並びの良い前歯が侵入を拒んだ。

「はあ…っ」

一旦唇を離すと酸欠状態の香に呼吸をさせてやる。そして
「香」
おもむろに名を呼び
「…な――――」
呼応して軽く開いたその唇をまた塞いだ。
歯を食いしばる間もなかった所為で今度は簡単に粘膜に触れる事ができた。
舌先を小さく動かす度に香の肩が大きく震える。
それが愉しいと思う俺はおかしいんだろうか。




やがてビクビクと反応していた香の肩から力が抜け、唇を開放してやれば足が崩れ落ちる。

「おっと」

まだベッドにも辿り着いてないってのに。
ぐったりしたその体を抱き上げるとベッドまで運び、少しばかり乱暴に降ろしてやる。

「きゃっ、」
我に返った香が軽く俺を睨んでくる。

「これくらいでへたばってもらっちゃ困るぜ香ちゃん」
「……ッ!」

瞳が揺れている。
羞恥に頬を染めていた香だったが
「…あ、あんたこそ!」
そう言って上着を脱ぎ捨てた。

お前ね、勝負じゃねぇんだっての。
お前らしいけどな。


くっ、と笑うと俺も上着を脱ぎ捨てた。


学習したらしい、大人しく俺に全てを脱がされた香が黙して俺を待つ。
無意識の上目遣いに思わず気が逸る。

ブラジャー越しに歯を立てて、胸元を軽く噛んでやると
「は……っ…」
ワントーン高くなった声が唇から零れた。

あられもない自分の艶声に慌てたらしい、香が咄嗟に自分の口を手で塞ぐ。
その手を掴み、頭の上で抑え付けると更に香が慌て出す。
「ちょ、僚!」
「我慢は体に悪いぜ香」
「我慢なんてしてな…………あぁっ!」

空いた手でブラジャーを剥ぎ取り、放り投げた。
露わになったその先端をきつく吸い上げると嬌声が聞こえてくる。
空いた方の手を胸元から徐々に降下させ、臍の上に手を置いた。

「ん…!」

それだけで香がビクリと跳ねる。
余程敏感なのか。体のあちこちを甘噛みする度に香が声を上げ身を捩らせる。
その様が何度見ても飽きないから不思議だ。
何遍でも繰り返しでも見たくなって俺は白肌のあちこちに歯を立て、時に舌を這わせた。


「んぅ……ッ!」


ゆっくりと臍から下へと指を伸ばし、下着のラインに沿ってなぞり上げる。
肝心な場所を態と避けると香の腰が僅かに浮き上がる。

「は……っ…」

虚ろな視線で香が吐息を漏らした。


ゾクリ。


背中がおもむろに粟立ち、支配欲に駆られる。限界だ。



「香」




名を呼んだ俺の声は何故だか掠れていた。








昨日の今日で幾分か余裕ができた。
それは香も同じだったらしく、なるべく肩の力を抜こうとしながら俺の侵入を受け入れている。

「……っく!」


つぷ…、と呑み込む秘所の肉感的な音に俺は更に刺激される。


「いやあっ!」
「バカ……力抜けっての…!」
「だって…いきなり……ッああ!」

挿入途中に硬度が増した所為で、香がやはり力んだ。それでも昨日よりはまだマシか。
ゆっくり腰を引くと香はついてくる事をしない。それどころか俺の動きに合わせ、ぎこちなくも僅かに腰を揺らしてくる。


「うっ…あ……」


学習能力高いのか、それともやっぱり本能なのかね。
いや、それより香。


僚ちゃんそんなにされると…も、イッちゃいそうなんですけど……


繋がったまま香を抱き起こし、自分に良いように形勢を座位に立てかえる。
密着対面に香が赤面して慌て出す。

「や、りょ、ちょっ、まっ…」
「日本語になってないぜ香ちゃん」

言いたい事は解るんだがな。
態とからかいながら香の羞恥心を高めていく。

「ん〜、いい眺め」
「ダメ、…あ!」

膝の上。大きく仰け反った香の喉元に喰らいつく。









あー、まずいわ俺。

そこらのクスリよかタチが悪ぃよ。

同じ女は二度と抱くなと昔誰かに説かれた覚えがあるが、もう知るか。


「ずる…ぃ…!」
目尻の涙がはらりと落ちる。
狡いだって?

「狡くないっての。」
「うそ…!」
「お前と一緒さ。」








初めてなんだよ、俺も。











今までの経験が通用しない。

自分の手で壊したいが自分の手で守りたい。

照れちまうんだがやめられない。





沸き上がる初めての感情の嵐に身を委ね、俺はだらしなく笑った。















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