午前2時。






「私、貴女の事好きよ。」

自分に背を向けて眠っている香に向かって麗香が呟いた。






『午前2時 晴海5丁目**倉庫』

約束の時は来た。
















「いつもの貴女なら絶対晴海に向かったわ。」
「………」
「起きてるんでしょ?香さん」
「………」

観念したように香が振り向く。その顔は小さなライトに照らされて蒼白く光っていた。

「今頃僚はチンピラ相手に大暴れしているんでしょうね」
「……そうですね」
「心配じゃない?僚のこと」
「だって…私が行ったらかえって足を引っ張ってしまうから」
「そうね、誰が考えてもそうだわ。」
「麗香さん―――」
「貴女っていつもそうだったのよ?周りが止めても僚がピンチになると必ず火中に飛び込んでいくの。自分が足を引っ張るって分かっているのに」
「……だから…こうやって我慢…」
「そうね、忍耐強い貴女は正解。そういう冷静さを持っている人って好きよ。でも―――」

「香さんならこんな処で帰りを待つなんて事、しないでしょうね。」

「………」
「姉さんに言われて貴女の事見張っていたんだけど、今の貴女なら無茶なんかしないわね。帰るわ」
「………」
「おやすみなさい、良い子の香さん」

真夜中にもかかわらず、麗香は乱暴にドアを閉めた。











僚が病院へ戻ったのは昼も近くなった頃だった。
病室に入ると香が寝ていた筈のそこには中年女性が横たわっていた。

「……?」

傍を通りかかった看護師が慌てて僚を呼び止める。


「槇村さんなら退院しましたよ?」











−*−*−*−*−












「外傷は浅くて治癒を待つだけなんだそうです。このまま病院にいるよりも記憶の手がかりになるものが沢山ある場所の方がいいからと先生が」
「そうか」
「ごめんなさい冴羽さん、何も連絡せずに……」
「いや、いい」

急いでアパートに戻ってみれば香が昼食の準備をしていた。

帰ってきた僚のジャケットは所々が千切れ、顔は火薬と汗で黒く薄汚れている。が、香はそのことに触れようとしなかった。

「あの、着替え用意しました。先にお風呂どうぞ」
「あ、ああ」

僚に着替えを預けると香はニッコリ微笑んだ。

「上がる頃にはお昼ご飯、できていますから」
「………ああ」

僚がバスルームへ向かうと香は大きく息を吐いた。

「……これでいいんだわ」







『香さんならこんな処で帰りを待つなんて事、しないでしょうね』








麗香の言葉が何度も頭の中を巡り巡る。

「……私は私よ、そんな事しない…!」

小さな苛立ちに任せ、冷蔵庫を乱暴に開けドレッシングを探す。
閉めようとしてビール缶に目が行った。

「……」

缶の上にあった一枚の書き置きを見つけ、それを摘み上げる。


『一日一本 飲み過ぎ注意!』


「…こんな事まで…」
書き置きを握りつぶすと、香は唇を噛んだ。














「おいしいですか?」
「ああ」
「よかった、料理だけは忘れていなかったみたい」
「流石だな」
「……嬉しい!」

香は顔を綻ばせた。

「ところで冴羽さん、私は明日からどんな仕事をすればいいんですか?」
「………」

僚は口いっぱいにサラダを詰め込んだ。
返事を考え倦ねている事は明白で、香は間髪入れずに続けた。

「あなたが危険な仕事をしているのは分かりました。そして私も」
「……」
「私は貴方の足を引っ張りたくないんです。役に立ちたい」
「……」
「出来る限りの事はします、だから教えてくだ―――」

「香」

「今は……まずは記憶を取り戻す事だけ考えよう」
「冴羽さん!」
「ごちそうさん、美味かった」
「………はい」

香はゆっくりと項垂れる。
同時に電話の着信音が鳴り響き、僚は香の顔を見ずに背を向けながらそれを取った。





「こちら冴―――」
『僚!退院したのならこっちにも伝えて頂戴!』
「なんだ冴子か」
『何だじゃないでしょう!?病室に行ったら貴方達がいないんですもの、何かあったんじゃないかと……』
「カッカするなよ、お肌に悪いぜ」
『余計なお世話!それより香さんは?』
「ああ、ここにいるが……どうした冴子」
『貴方が今朝晴海でやりあった連中、香さんの狙撃とは別件だったようなの。今判ったわ』
「……ほう」
『香さんが生きている事を知ってプロとしてのプライドが許さなかったんでしょうね、一度新宿を出たのにまたあなた達の近辺を動いているわ』
「じゃあ治療代を請求してもいいって事か」
『殺さない程度にね』
「は、保証できんよ」

『それよりも香さんを頼んだわよ』
「だ…―――――」






大丈夫だ、と言おうとして僚は反射的に走り出す。




『僚?ちょっと、僚!?』




背後には、既に香の姿は無かった。
通話中にも気配でそれは察知していたが、まさか今の保守的な人格の香がアパートを出るとは思わなかったのだ。

ガレージにある筈の愛車が無い。発信器も付けていない。


「……香!」




















適当な場所に車を停めサイドブレーキを引き、エンジンを止める。
人のいない場所ではない、きっとすぐに取り締まりの対象になってしまうだろうと思ったが今の香にはどうでもいい事だった。
シートベルトを外しながら車内の空気を吸い込む。
目を閉じてみるが過去の自分は何ひとつ思い出す事ができない。



「冴羽………さん」


煙草の匂いに後ろ髪を引かれながらも香は車を乗り捨てた。






















−*−*−*−*−




ごめんなさいやっぱり終われなかったのであと一回つづきます
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